ふらふらと、おぼつかない足取りに任せ、軒下に潜り込む。シャッターが閉じられた飲食店の店先。こじんまりしたイタリアンの店だ。前触れなく降り出した夕立から逃げるように、僕は身を潜めた。 　乱暴に鳴らす打楽器のような雨音。走…Read More »

「ダメだ！　筆が進まぬ！」 ある画家は吠えた。 今の世には憂うことがあまりにも多すぎる。 こんなにも混沌とした世はかつてなかった。 混濁した色彩が彼の脳内を支配する。 結局彼は、生涯でひとつの作品も残さなかった。 孤独を…Read More »

「あの爺さんは、タダ飯食えるのかい？」 客のひとりが訝しがった。 「あの爺さんは、ミュージシャン志望でねぇ」 「ほう？　どう関係が？」 「この食堂の先代が、爺さんに言ったわけです―― 売れるまではタダ飯食わせてやるって」…Read More »

「飲みに行くか？」 「悪い。今日はやめとくわ」 家に帰れば妻の料理が待っている。 男は同僚からの飲みの誘いを断った。 「ただいま」 「おかえりなさいッ！」 キッチンから声がする。 男は妻を開け、料理を取り出した。 妻？ …Read More »

「結末は、通り魔に刺されて死んじまうらしいぜ」 悪気なくネタバラシする常習犯。 友人の悪い癖だ。 名作の映画や人気の漫画など、数え切れないほどのネタバラシを受けてきた。 その度に、メインディッシュを食い損ねた気分になる。…Read More »

それは瞬きする暇もないほど一瞬の出来事だった。 並んで下校する友人が言う。 「いいスタートだったけど、あれじゃメダルは獲れないな」 「あれって競技なの？」 「もちろんさ！」 慌てて彼が前方を指さす。 「ほら、きた！　次は…Read More »

「ピタッとツボにハマりますなぁ」 マッサージ師の男が的確にツボを刺激する。 「いい腕前だ」 お礼のついでに男は言った。 「実は私、転職組なんですよ」 「ほう、前職では何を？」 男は冗談を言って客を笑かそうとした。 が、や…Read More »

僕みたいな凡人――将棋の駒の歩のような人間でも、 真正直に努力を続ければ、必ず成り上がれる。 決して人を欺かず、人を惑わせず。 そしてたどり着いたと金のチャンス。 僕は駒を裏返す。 「あっ！」 周囲から僕はこう呼ばれてい…Read More »

同僚が僕に言う。 「お前ってさぁ、出産のとき、予定日より早く生まれたタイプ？」 母が言ってた気がする。 数日はやく生まれてきたって。 「俺って、予定日よりかなり遅れて生まれたんだよねぇ」 「へぇ。それで？」 「つまり、遅…Read More »

　ある国の姫は、隣国の王子と交際していた。が、ちょっとしたスレ違いが重なり、その恋は破局を迎えた。 　その日から姫は、ぱったりと眠ることができなくなってしまった。もう何か月も、おやすみを言っていない。まるで、恋と同時にお…Read More »