こんなにも無意味な争いをする必要があるのか?
人間という愚かな生き物は、どうしてこんなにも争いというものを好むのだろうか。
こんな風に傷つけ合ったり奪い合ったり、不毛な争いをしなくたって、もっと利口な方法で白黒つける方法があるはずだ。それなのに、どうしてこんなにも粗野で粗暴な争いを、いつまでも続けるのだろうか。
この戦が始まってしまえば、僕は愛する人からも、大事なものを奪ってしまうことになる。
「クソッ! どうにかして、争いをやめさせる方法はないのか……」
僕の呟きは、周りに飛び交う闘争心を帯びた咆哮で、瞬く間にかき消された。
「うわぁ!」
視界がふらついた。
安定しない足場がグラリと揺れたことで、僕は態勢を崩し、危うく落下してしまうところだった。
なんとか態勢を立て直し、周りに目をやってみると、血走った目をした人間たちが、獲物を狙うように殺気を放っている。
「おい、木下!」
ふいに背後から名前を呼ばれた。
振り返ってみると、幼稚園からの幼馴染、松本だった。
「もう、覚悟は決めたのか?」
「なんの?」
「なんのって……。お前も呑気な奴だなぁ。この戦のだよ」
悲しい争いという宿命を背負わされているのに、こんなにも嬉々とした表情を浮かべている松本の神経を疑った。
「僕は、こんな争い、やめにしたいんだ。僕がここで自害することで、この争いが治まるんだったら、命なんて投げ出してやる」
「はぁ? 何言ってんだ、お前」
「この争いに意味があるとでも思ってるのか!」
あまりの悔しさに、行き場のない怒りを松本にぶつけてしまった。
「意味なんて、ないに決まってるだろ」
「じゃあ、何で争う? 何で、大事なものを次から次へ奪おうとする? なんでなんだ?」
「楽しけりゃ、それでいいんじゃないか?」
楽しけりゃ?
それでいい?
人間はこんなにも落ちぶれてしまったのか?
意味もなく他人に攻め入って、他人を傷つけ、大事なものを奪う。そこにあるのは、楽しさだけ?
いくら戦というものが、僕らが生まれる遥か昔からあったとはいえ、何もこの豊かな時代に、そんな争いをしなくたっていいじゃないか。過去に多くの過ちを犯して、反省を繰り返してきた人間だからこそ、争うこと以外の方法で世界を前進させて行けるんじゃないのか。
何よりも、この争いがやまなければ、僕は大事な人を傷つけてしまうことになる。
「そんなことが僕にできるわけがない!」
「木下、いい加減、腹をくくれよ」
鬼気をはらんだ騒音の中、その言葉だけがくっきりと切り取られたように、耳の奥に突き刺さった。
「お前にとって辛い戦だってことは、俺にもよくわかる。自分の気持ちを押さえつけてまで戦わなければならない苦しみも、よくわかる。でも、俺たちは時に、そうまでしてでも勝利を掴み取らなきゃいけない瞬間があるんだ。俺たちを支えてくれている多くの奴らの思いも背負って、俺たちは戦わなければならないんだ。それが俺たちの宿命なんだ。意味なんか考えるな。目に映る奴らは、全員、敵だ。前へ前へ進んで、勝ちをもぎ取るしかないんだ。たとえそれが、愛する人であっても!」
僕はかたく目を閉じ、拳を強く握った。
「クソッ……」
諦めと決意を同時に吐き捨てた。
自分の吐いた感情に促されるようにして、僕は左右の足に力を込めた。足場を確かめるために。
耳をつんざくほど大きな音で、ホイッスルが鳴らされた。
怒号が一斉に大きくなり、砂埃が竜巻のように舞い上がった。
騎馬戦という不毛な争いが今、始まる。
僕が片思いしているクラスメイトの女子、真奈美は、相手チームだ。