神から与えられしギフト

「ほうら、お空から降ってきた、降ってきた! 立派なギフトがお空から降ってきたよ!」
 母にぴたっとくっつき、かすかな寝息をたてる赤ん坊。ベッドのまわりには、生まれたての我が子を見守る父、妹の誕生に浮かれる長男、そして母方の祖母。窓の外に広がる快晴の空を指さし歓声をあげる。
「さぁて、ユミちゃんはどんな子に育つのかなぁ? いまから楽しみだね!」
 めいっぱい開かれた窓。吹き込む風がカーテンを揺らす。ふわふわと散歩するように窓からやってきたのは、神から与えられた才能という名のギフト。生を受けて間もない赤ん坊の小さな身体の中に、それは吸い込まれていった。

 それは母子が同室するある病室で起こった。
「ちょっと!! 誰ですか!」
 待望の男の子を産み落としひと安心。うっとりとした心持ちで、我が子の頭を撫でていた時だった。平穏を突き破る音。荒々しく開かれた病室の入口に、全身黒ずくめの男が立っているのが見えた。
 母は助けを乞うように叫ぶ。穏やかに眠っていた赤ん坊もなにかを察知したのだろう、火がついたように泣き出した。
 開かれた窓からは、今まさにギフトが舞い込もうとしている。
「才能をよこせ!」
 それを見た男は脇目もふらず窓に近づくと、ギフトを鷲掴みにした。
「返して!」
「うるせぇ!」
 必死の思いで手を伸ばし、男の服を掴もうとした母親の身体を、男は蹴った。悲鳴をあげてはみたものの、男は一瞬のうちに病室から姿を消してしまった。

 神は人間にギフトを授ける。それは、才能という名の宝もの。人は生まれながらにして才能をもっているわけじゃない。誰しも、この世に産み落とされたあとに、何かしらの才能を神から授けられる。
――ギフト泥棒。
 そう名づけられた犯罪が多発するようになった。
 他の子どもに与えられるはずだったギフトを奪い、我が子に与え、秀でた子に育てる。空からギフトが舞い降り、赤ん坊に根を下ろす直前を見計らい、強引にそれを奪っていく輩(やから)が増えていった。
「そりゃ頭脳明晰な子に育ち、優秀な大学に入り、一流企業に勤めてくれれば将来安泰だからねぇ」
「海外で活躍するスポーツ選手にでもなってくれれば、家族みんな裕福に過ごしていけるってものだ」
「有名アーティストになって、歴史に名を残す活躍でもしてくれたら、親として鼻たかだかだね」
 親たちは一様に子どもの才能に期待する。まるで宝くじの当選を祈るように、我が子の才能の開花を心待ちにする。
 これだけ長い不況が続く日本。ひと世代で人生を逆転することなど不可能だ。子どもに家系の繁栄を託すのも頷ける。
 そんな時代に現れた新手の犯罪。
 輩にギフトを奪われた親が、やむなく他の子どもの才能を奪うこともあれば、才能を強奪した犯罪グループが、それを高値で売買する組織的犯行も増えた。
 病院側も対策を練ったが、才能を狙う連中はあの手この手を使い、神からのギフトを奪っていった。

「さて、どうしたものか」
「いにしえから続くギフトのしきたりも、そろそろ変えざるを得ない状況なのでは?」
「アップデートというやつか」
 空の向こうでは、神たちが会議に会議を重ねていた。
 新たに産み落とされた奇跡とも呼べる命。かけがえのないその生命へのプレゼント。未来への期待が込められたギフトが、いまや犯罪の温床になっている。
「まぁ、仕方があるまい」
 人間のあまりの愚かさに、神たちは嘆いた。

 インターホンが鳴る。
「きゃっ! きたんじゃない?」
 はやる気持ちを抑えられず、母は小走りで玄関へと向かう。
「宅配です」
「ご苦労さま!」
 宅配業者から受け取った荷物を手に、跳ねるようにして皆が待つリビングへと戻る。
「みんな! 届いたわよ!」
 送り主は、神からだ。
 引きちぎるようにダンボールの梱包をあけ、中身をのぞく。そこには一冊のカタログが入っていた。
 ベビーベッドの上で平和そうに眠る赤ちゃんを横目に、家族一同が身を乗り出す。
「ピアノ教室なんかいいんじゃない?」と、長女が言う。
「フィギュアスケートが似合うと思うんだよね! だってこんなにかわいい女の子だもの」と、カタログを手にした母が言う。
「いやいや、ゴルファーに決まってる! ウチの娘は将来、プロゴルファーに決定だ!」と父親が鼻息を荒くする。
 天賦の才というシステムが破綻してからというもの、我が子の才能は習い事で育む時代になった。
――それでは各家庭の経済格差によって磨かれる才能に優劣がつくのでは?
 神がそんな不平等をするわけがない。
「あれ? ちゃんと入ってるのかしら?」
 母親は焦った様子で、ダンボールの中身をもう一度たしかめた。
「あっ! あった!」
 取り出したのは、習い事の費用に充てるための、神から贈られたギフト券だった。

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