「それじゃあ、授業をはじめますね。今日は、いつもと違って、ちょっと変わった授業をしたいと思います」
まだ年の若い女の先生は、子供たちに向かってそう言うと、教室の前に置かれたモニタを指さした。
「みんなにはある映像を見てもらいます。アニメ? 映画? 違うの。あのね、みんなに観てもらうのは、昔の映像。とある時代の、特別な一日の様子を観てもらいます」
生徒たちはその意図が掴めず、一様にポカンとしている。
先生が手元のスイッチを押すと、モニタには見慣れない映像が流れはじめた。
先生とそれほど年の変わらないひとりの女性が、目覚まし時計の号令とともに、ベッドから起き上がった。眠い目をこすりながら、渋々といった様子で身支度をはじめる。
あくびをしながら階下のダイニングへ。流し台に立つ母と、食卓で新聞を読む父に、おはよう、と言った。小型の電話機の画面を指でなぞりながら、母が用意してくれたパンにかじりつくと、それをコーヒーで流し込んだ。
そそくさと朝食を済ませた彼女は、脇に置いたカバンを肩にかけ、母と父に、いってきます。腕時計に目をやりながら、足早に家を飛び出していった。
モニタの映像は切り替わり、そこにはビジネススーツに身を包んだ若い男性の姿。さっきの女性と同じくらいの年齢だろうか。地下鉄のホームに滑り込むと、満員の電車の中に身を押し込んだ。
電車を降りた先には、満員電車と変わらない無数の人たち。押し黙ったまま無心で歩いている。彼は会社に出社すると、おはようございます、と周囲の社員たちに笑顔を振りまいた。机の上に置かれたコンピューターに触れたかと思うと、すぐに席から立ち上がり、いってきます、と言ってオフィスをあとにした。
得意先と思われる会社の前に立つ彼の表情は曇っている。ため息をつきながらの客先訪問。奥から年配の男が姿を見せる。彼を見つけるや否や、叱責しはじめた。平謝りする彼。得意先から戻った彼は、上司から呼び出され、またしても叱られている。彼の拳は固く握られ、目にはうっすらと涙が滲んでいた。
日没とともに活気を放つ繁華街。最初の映像に映っていた女性のもとに、怒られっぱなしの彼が駆け寄った。待たせてごめん、と彼が言うと、大丈夫だよ、と彼女が言う。
そのまま二人は手をつないで居酒屋に。ビールで乾杯すると、それぞれが好みの料理を注文した。
彼女が今日あった出来事を話し、彼が頷く。今度は僕の番だと、彼が今日あった出来事を話しはじめると、頷く彼女は涙を浮かべながら、彼の頭を優しく撫でた。
場面は切り替わり、繁華街からの帰り道。二人は何やら口論している様子だ。彼女は何かを必死に訴え、彼はそれに反論している。眉間に皺を寄せた彼が何かを訴えると、とうとう彼女は泣き出してしまった。
またね、も言わずに背を向け歩きはじめた二人。腹を立てているはずなのに、どこかその表情は悲しそう。お互いが別々の帰路につく。
無言のまま電車に揺られ帰宅すると、一日の疲れを脱ぎ去るように、ベッドに身を投げた。
相手に言ってしまったことを悔やんでいるのか、それぞれの部屋、それぞれのベッドの上で、小型の電話機を眺めながら居心地悪そうにしている。
ごめんね、と彼がメッセージを送ると、しばらくして彼女から、ごめんね、と返信がきた。こわばった表情が一気に緩み、安堵のため息が漏れる。二人は小型の電話機を胸に抱いたまま、眠りに落ちていった。
「これは、昔のとある一日を記録した映像でした。みんなにとっては特別な一日だったことでしょう」
生徒たちは見慣れぬ映像に興味津々。疑問に感じたことや自分なりの感想を、口々に言いあっている。
その瞬間だった。近くで轟音が鳴り響き、教室が大きく揺れた。子供たちは少しばかり動揺を見せはしたが、それぞれ慣れた動作で避難の準備をはじめた。
年配の男性教師が教室にやってきた。女の先生が尋ねる。
「また、地震ですか?」
「二日前に起こった大地震の余震かと思ったが、どうやら違うみたいだ」
「じゃあ、他国からの爆撃でしょうか?」
「ニュース速報によると、そうでもないみたいだな。今、一時的な休戦状態にあるらしく、敵国から攻撃を仕掛けてくる可能性は低いと」
「ということは、また、地球外生命体が攻撃を?」
「その可能性が濃厚だな。本格的に地球の乗っ取りを企てていると専門家も言っていた。それにしても、こう頻繁に攻撃されちゃ、たまったもんじゃない。」
同感といった様子の女教師。
「蔓延する無数の感染症に効く万能なワクチンが開発されたと、浮かれていた矢先なのに……いつまでこんな毎日が続くのでしょうか」
「まぁ、自由に外出ができるようになるまで、まだ十年以上はかかるだろうな」
またしても地響きが鳴り、教室が激しく揺れる。窓の外に目をやると、火柱が高く立ち上っていた。
「さぁ、我々も避難しよう」
男の教師が去ったあと、ガランとした教室を見渡すと、ひとりの生徒がぽつんと立っていた。
「先生、僕らの日常には、いつか終わりが来るの?」
訴えかけるような生徒の眼差しに、思わず言葉を詰まらせる。
「――大丈夫! 信じていれば、いつか終わりがくるから。いつかみんなで、特別な一日――なんでもない一日を過ごそうね」
女教師は生徒の頭を優しく撫でると、その手を取り、教室を飛び出した。
空から次々と降ってくる砲撃に目をやりながら、二人は地下シェルターへと潜っていった。