降りつもる

「おぉ、今年もまた降りはじめたぞ!」
 ある家では、男が窓から空を見上げ、甲高い声で叫んだ。
 ある家では、子供とボードゲームに興じていた父親が、窓から覗く景色を見るや、えんじ色の上着を手に取り、家を飛び出した。
 ひらひら。ひらひら。
 空から舞い落ちる、紙幣。
 この村では年に一度、冬を彩る綿雪のように、空から金が降ってくる。農業や商業など、これといった稼ぎ口を持たないこの村の住人たちが、大金を手にする唯一の機会。大人たちは子供のようにハシャギまわり、空から舞い落ちる紙幣を鷲掴みにしては、次から次へと懐へねじ込む。実に奇妙な光景だが、この村にとって恒例の行事だ。
「今年こそは大金持ちになるぞ!」
 そう言いながら、ある家では恋人と添い寝していた若い男がむくりと起き上がり、ボストンバッグを手に取り駆け出した。

「どうしたものか、ここ数年、空から降る恵みの紙幣が心もとないですな」
 長老のもとを訪ねた役場の男は沈んだ表情。それを見た長老は、少しの沈黙のあと、「うむ」と頷いた。
「我々の行いが、そうさせているのだから、仕方なかろう」
「村の発展のせいだと?」
「恵みの金のおかげで、村はここまで立派に発展できた。これ以上、何も望むまい」
 無邪気に空から降る金に喜んでいた村人たちは、やがてその金を資本に、産業を発展させることに成功した。のどかな自然風景を塗りつぶすように工場が立ち並び、排煙はとどまることを知らない。車が行き交い、ゴミの量も増えた。都会の栄華に倣(なら)えとばかり、猛スピードで村は姿を変えていった。
「ほら、今年も降ってきましたよ」
 男は窓の外を指差す。
 豪雪に例えられるほどの量だった数年前の紙幣。それに比べると、雀の涙ほどの金。
 恵みの金が減ったのに対し、増して行ったのは人間の欲。村人たちの卑しい欲は、わずかばかり舞い落ちる金の下でその醜さを露呈した。
 ついさっきまで静かだった村に、男たちの怒声が響き渡る。
「クソ野郎! それは俺の金だ!」
「俺が先に掴んだ金だぞ! 放しやがれ!」
「おい、引っ張るな! 札がちぎれる!」
「この野郎、殺してやろうか!」
「やってみろよ!」
 銃声が轟いた。
 それを聞いた長老は、静かに目をつむった。

 空から降る限られた金を手にするため、村の男たちは争い合った。
 近隣に住む親しき者たちが殴り合い、罵り合う。力を持て余した若者たちは、年長者を痛めつける。どこからか手にした銃を持つ者たちは、容赦なく同胞を撃ち抜いた。
 そして、手にした紙幣を眺めて目をギラつかせる。赤い血の滲む札を鷲掴みにしたまま。
 怒号と罵声が、皮肉な祭囃子となって村一帯を飲み込んだそのとき、争いの手を止めよと言わんばかり、空から紙幣ではない何かが降りはじめた。
 ひらひら。ひらひら。
 空から舞い落ちる、雪。
 これまでの歴史を振り返っても、雪など降ったことのないこの村に、空一面を覆うような粉雪が舞いはじめた。
「おいおい、雪なんかに降られちゃ、道端に落ちた紙幣を見失っちまうぞ」
「お天道様よ、雪なんかいらねぇ、もっと金を降らしてくれよ!」
 口々に不満を漏らしながらも、村人たちは醜い争いをやめなかった。

 未曾有の雪は夜通し降り続けた。
「わぁ!」
 朝、目を覚ました子供たちは、窓の外に広がる景色に歓喜した。どこまでも続く銀世界。そこには、村のすべてを覆い尽くすほどの雪が降りつもっていた。
 一斉に家を飛び出す子供たち。
 わいわい。きゃっきゃ。
 走る者、ふざけて転ぶ者、好奇心から雪を頬張る者。生まれてはじめて触れる雪に、子供たちの熱狂はどんどん増していく。
「雪だるま作ろうぜ!」
「雪合戦しよう!」
 無邪気な笑い声が村中に響き渡る。
「イテッ! やったなぁ!」
 友達が投げた雪玉を顔面に受けた少年は躍起になった。手袋もはめず、真っ赤になった幼い手で、雪を掘っては、手にした雪玉を大きくしていった。友達に仕返しするためだ。
「あっ」
 少年は、雪に埋もれた一枚の紙幣を見つけ出した。
――家に持って帰ったら、お父ちゃんもお母ちゃんも喜ぶだろうな。
 そんなことを考えながら、まじまじとそれを見つめる。血のりがついた紙幣。
「おーい! 何やってんだよ! 雪合戦の途中だぞ! 怖気づいたのか? 悔しかったら仕返ししてこいよ!」
 遠くで友達が叫んでいる。
「誰が怖気づくもんかぁ! でっかい雪玉を当ててやるからな!」
 少年は紙幣をポケットにねじ込むと、友達のいるほうへと駆け出した。
「わっ」
 雪から飛び出した異物につまずき、体勢を崩した。ふと見ると、積もった雪の中から、人間の手が飛び出していた。
 エンジ色の袖から飛び出した男の手。
 少年は、心に引っかかるものを感じながらも、友達の呼ぶ声に誘われ、駆けていった。

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