今どこにいますか?

『今、どこにいますか?』
 この問いが、これほどまでに僕を苦しめるなんて。苦悩を迫り、返答に窮する問いが投げかけられるとは想像もしていなかった。
 ここまでずっと順調だったじゃないか。どこで見落としたんだ? 彼のことを見失ったことなんて、一瞬たりともなかったはずだ。
 それなのに、なぜ――

 マイクには幼い妹がひとりいた。妹思いのマイクは、自分が満たされるよりも妹の喜びを優先する、いわゆるイイ奴だった。そうだ、マイクには妹がいるんだ。弟じゃない。
 マイクはバスケットボール部に所属している。学校が終わると、町外れのバスケットコートまで自転車を飛ばし、練習に明け暮れた。練習の虫、なんてあだ名がつけられたくらいだ。
「なんてったって、あそこのコートはタダだからね!」
 物心がついた頃、マイクの両親は離婚。それからマイクは、一度も父の姿を見ていない。女手ひとつで自分たちを育てる母に余計な心配をかけまいと、無料のコートを利用し練習していることを大げさに伝えていた。
 次の練習試合はいつだったっけ?
 そうだ。次の日曜日だ。隣町の強豪校との再戦を控え、マイクの練習にも熱が入った。
「次の試合は、絶対に負けないぞ!」
 前回の試合で完膚なきまでの敗北を味わったマイクは、そう意気込んでいた。

 結局、因縁の試合で勝利を掴むことはできなかった。
 マイクは敗戦に肩を落としていたが、チームメイトの誰もが彼の活躍を称賛した。チームメイトがもっと貢献していれば勝てた試合だと口々に言い合った。マイクの努力を無駄にしないためだ。
「まぁ、今日くらいは試合のことを忘れて、お祝いしようぜ!」
 そう。今日はマイクの誕生日パーティー。数時間前にマイクの部屋に先回りしていた友人たちが、彼の部屋をパーティーの装いに飾りつけしていた。
「お前たち……」
 友人たちの粋なサプライズを前に言葉を失うマイク。兄の部屋が華やかに飾られているのを見て、妹もさぞかし嬉しそうだ。
 それぞれの手にコーラの瓶が握りしめられた。
「乾杯!」
「誕生日おめでとう!」
 祝いの言葉が飛び交う。手にした瓶がぶつかり合い、景気の良い音が弾ける。
 グビグビと喉を鳴らしながら飲み干すと、それぞれの口元から豪快なゲップが飛び出した。
 みんなが心からマイクの誕生日を祝っていた。みんな? パーティーの参加者は誰だったっけ?
 そうだ。ジョージとサムとミシェルとショーンとレイチェルとダニエルだ。間違いない。
 パーティーの途中で、大きなピザを抱えたマイクの母が部屋に入ってきた。その時のみんなの嬉しそうな顔を、マイクは幸せそうに眺めていた。

 高校を卒業したあと、マイクは不動産会社に就職した。大学進学にも憧れはあったが、何より早く母のことを助けたい。親孝行の一心で就職に踏み切った。妹にももっと贅沢な暮らしをさせたい。彼らしい思いやりだった。
 全国に支店を持つ不動産会社に就職したことで、マイクはあちこちを飛び回った。
 なんてったってアメリカは広い。短期間の出張で済むわけもなく、マイクは会社に命じられるまま、何度も引っ越しを繰り返した。
 アリゾナ、ミシガン、カリフォルニア、ワシントン、そしてまた新たな地に足を踏み入れた。
 彼の仕事ぶりは会社から高く評価され、マイクはどんどんと出世していった。その度に、母へと送る仕送りの額も増えていった。
『メアリーに新しい洋服を買ってあげました』
 そう言って、おしゃれな服に身を包みポーズをとる妹の写真つきメールが送られてくる。その度に、マイクの頬は緩んだ。
『たまには母さんも贅沢してね』
 母への労いを欠かすこともなかった。
 平穏な日々はその後も続き、何度かの恋愛を経験したマイクは、めでたく結婚することに。同じ会社に務める同僚の女性だ。
 ささやかではあるが結婚式も挙げられた。愛する妻との暮らし。仕事はいたって順調。早く母さんに孫の顔も見せてあげたい。どこまでも広がる無限の未来を想像し、マイクは雲ひとつない空を見上げた。
『マイクは今、どこにいますか?』
 え?
 僕はその質問に目を丸くした。あまりにも唐突にそれを突きつけられたからだ。
 もう一度、問いを見返す。
『マイクは今、どこにいますか?』
 ん?
 今、マイクがどこにいるかなんて記述、あったっけ?
 ふと時計に目をやると、残された時間の少なさに焦りを覚える。ウロウロと歩き回る教官が視界に入り、気が散って仕方がない。
 高校の期末テスト。今、僕は英語のテストに挑んでいる。
 問題用紙に書かれた長文に目をやるが、どこにそんな記述があるのか見つけることができない。どこかに地名の羅列があった気がしたが、それがどこなのか探すことができない。
 丁寧に英文を読んだつもりだ。マイクのことは誰よりも深く知っている。そこまで感情移入しなくても、と咎(とが)められるほど没入して長文を読んだはずだ。
 やはり僕は、長文読解が苦手なのか――
 呪文のように連ねられる英文の中に、マイクが今、どの地にいるのか、その答えが示されている。ただ、長文の読解問題に辿りつくまでに、あまりにも時間を使い過ぎた。並べ替え問題につまずいたからだ。もう一度、長文を追っている時間は、僕にはもうない。
 アリゾナか? いや、カリフォルニアか? 違う。それは過去のマイクだ。今のマイクは、きっと別の地にいるはずだ。
 悩んだ僕はやけくそになり、脳内にマイクの微笑む姿を思い浮かべながら、回答用紙に殴り書きした。
『マイクは今、雲ひとつない空の下にいる』と。

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