ジョニーとミッシェルはパラダイスのほとりに住んでいました。生まれた時からずっと、一緒にこの場所で暮らしていました。朝には水を汲(く)みに行きます。もちろん二人で。一緒に。お昼には、ミッシェルがおにぎりをにぎったり、はたまたサンドイッチを作ったりします。そのお昼ご飯はまた、特別に美味しくて、いつもジョニーは残さずに食べます。夜にはハンモックに揺られて、二人一緒に眠ります。遠くの方でオオカミの鳴き声が聞こえたり、近くを流れる川の優しい音が聞こえたり。それらの音々に包まれて二人は眠ります。もちろん二人一緒に。ジョニーの趣味は絵を描くことと、詩を謳(うた)う事。後は、釣りも好きだしお昼寝も大好きなのです。でも、一番好きなのはミッシェルと一緒に居る事。
なんて幸せな二人なんでしょう。パラダイスのほとりはいつも平和で、それなのに少しも退屈する時なんてありません。
「ジョニー、お昼寝が終わったら散歩にでも出かけません?」
ミッシェルの優しい声が響きます。
「分かった。今見てる夢が終わったら、すぐに行くよ。」
と、ジョニーの優しい声も響きます。
やがて、ジョニーはハンモックを飛び降りて、化粧をしているミッシェルのそばに駆け寄って行きました。途中で芝生に転びそうになったけれど、ほとんど全力疾走に近いスピードで走りました。
「もう夢は見終わったの?」
いつもちょっと寝起きの悪いジョニーにミッシェルがそう聞くと、
「もちろんさ、あんまりミッシェルが急かすもんだから神様が別の結末を用意してくれたんだよ。」
「まぁ、神様はどうやら私の見方のようね。」
そう言って二人は笑いながら散歩に出かけました。
二時間位歩いたところで、二人は小さな小さな洞窟を見つけました。その洞窟の中は昼間だというのに、それとは似つかないくらいに真っ暗でした。風が逆流して二人の頬の上を走りました。
「ミッシェル、中に入ってみない?」
ジョニーがそう聞くと、
「でも、怖いわ。私暗いトコ苦手だし。」
ミッシェルの顔は少し恐怖にゆがんでいます。
「大丈夫だって、中にはきっと妖精たちがたくさんいて、幸せな歌とか喜びの歌を大勢で合唱してるに決まってるよ!」
ジョニーは昔マンガで読んだ内容を、そっくりそのままミッシェルに吹きました。
「そうかしら、妖精さんたちがいる気配はしないけど。」
まだミッシェルは怯えているようです。
「妖精さんがいる代わりに、クマでも出てきたりしないでしょうね。」
「だから大丈夫だって。ホントにミッシェルは怖がりだなー。こんなちっさな洞窟のなかに、クマなんて居るわけないだろ!居るとしたら、もっと南の方の洞窟だよ。」
ジョニーは昔読んだマンガの中に、南の方角の洞窟にはクマが出ると書いていたのを忘れていませんでした。すかさずまたまたミッシェルに吹きました。
「そうね。クマが居るわけないもんね。怖がって損したわ。」
二人は少しビクビクしながら洞窟の中を入って行きました。
もちろん、洞窟の中には何もなかったって事は、みなさんが一番よく分かっていることでしょうね。
洞窟から出て家路をたどる二人。もうすっかり空は紅色に染まっています。
山の上から見える世界の景色は格別で、全てが見えてしまいます。自然の笑顔も夕日の憂鬱も、小枝にとまる小鳥の声も。その景色を見ながら、二人は疲れを背負い家に向かって歩いていました。二人の口からは言葉という言葉が消されてしまったかのように、穏やかな息遣いだけになっていました。実際に、ジョニーはお腹がペコペコだったのです。お腹がペコペコになった時は無口になってしまう、これはジョニーの悪い癖なのです。だから、だから、二人は無言で帰りました。何も語らない山道を。
家に着き、二人は真っ先に夕飯の支度に取り掛かりました。今日の晩ごはんはカレーライスとハヤシライスです。どちらもジョニーの大好物です。なので、ミッシェルの腕も鳴ります。毎晩夕飯の支度は二人でします。一緒に夕飯の支度をします。これが一日で一番楽しい作業であり、時間なのです。もっぱらジョニーの方はと言えば、食事をしている最中の方が幸せなのかも知れませんが・・。
「今日は畑で取れた大きなおイモが入ってるから、きっと美味しいわよー。」
ミッシェルは手に取った大きなおイモを見ながらジョニーにそう言いました。
「なに言ってんのさ!ミッシェルの作るカレーもハヤシライスも、いつだって最高に美味しいじゃないか!おイモの力なんか借りなくても最高さ!」
ジョニーは空腹のお腹に耐えながら、そう叫びました。
「あらあら、ジョニーはいつだってお腹をすかせてるから何を食べても美味しいんじゃないの?」
ミッシェルのやわらかいつっこみに、
「そうさ、ミッシェルの料理を楽しみにお腹をすかせてるのさ。」
ジョニーは言い返しました。二人は笑いました。大きな空に向かって。
空は暗闇。月は東の方。風はハンモックを揺らし、二人の囁(ささや)き声は空に漏れていく。
「僕は大人になったら、ジョンレノンみたくなりたいんだ。そして、世界中のみんなに僕の作った歌を聞いてもらうんだ。曲の最初のコードはCかな。次はAマイナー。きっと、イイ歌になるに違いない。みんな僕の歌を聞いて感動してくれるんだ。」
ジョニーは夢を語りました。
「そうね、ジョンレノンみたいにね。きっとジョニーだったらなれるわよ。もしかしたら、ジョンレノンよりも、もっとすごいアーティストになれるかもね。」
大きな大きなジョニーの夢に、ミッシェルは静かに静かに答えました。
「そうかな?でも、僕が謳(うた)う歌は世界のみんなに届くかな?」
「届くよ。きっと。」
「だって、この広い世界の全てがこのパラダイスのほとりみたく平和なわけじゃないし。戦争だってテロだって一向に減らないし、人々は傷つけあう事しかしてないじゃないか。」
少し悲しい気分になりながらジョニーはそう言いました。
「でも、歌や詩や絵もすべて、そんな傷つけあう人々の為にあるんじゃないの?今だから、こんな汚れた時代だからこそ、ジョンレノンの謳う歌の様な平和に満ちた歌が必要なんじゃない?」
「きっと、そうだよ!ミッシェルの言うとおり。僕は頑張ってそんな人達に歌を届けるよ。」
いつしか二人は眠っていました。揺れるハンモックの中、微(かす)かな寝息と共に。夜の僅かな変化に気付きもせぬまま。二人は幸せそうに眠っていました。もちろん一緒に・・。
「おはよう」
また、パラダイスのほとりに朝が訪れました。
「エリーゼ!今日は何する?」
ジョニーは元気よくエリーゼに問いかけました。
「ジョニーが決めてよ!今日はこんなにお天気もイイんだし、どこか散歩にでも行きましょうよ。」
エリーゼもジョニーに負けないくらい元気に答えました。
「じゃあ、山の洞窟にでも行ってみる?」
ジョニーがそう言うと、
「何言ってんのよ、洞窟は昨日行ったじゃない!」
二人は笑いました。一緒に笑いました。幸せな二人。いつまでもパラダイスのほとりには、ジョニーとエリーゼの笑い声が響いていることでしょう。昨日も今日も、そしてこれからもずっと。