――くそっ! いま授業中だぞ! ギャアギャア騒ぎやがって……先生が数式の説明してるだろうが。黙って聞けよ!
長田(おさだ)は静かに肩を震わせる。
「痛ッ」
あろうことか椅子を移動させ、長田の左隣に陣取っている池内とかいう男――おいおい自由が過ぎるだろ、ここは先生が通る通路だぞ――女子とのおしゃべりに夢中で、振り回した手が長田にあたったことすら気づかないでいる。
丸めた紙でキャッチボールする連中。放課後の遊びの計画に浮足立つ連中。恋愛の話に目を輝かせる連中。動画を映したスマートフォンを覗き込んで盛り上がる連中。
――こいつら、いい加減にしろよ。どうせ俺なんてお前らの視界に一ミリも入ってないんだろ? いつか痛い目を見るぞ。いまに見てろ!
見ざる聞かざる言わざる。我、一切を気にせず、と言わんばかり机に突っ伏し、長田は眠ることにした。嫌悪感にまみれた騒音から逃げるようにして。
「ここか、地球ってところは」
「青い星と呼ばれる太陽系の惑星だな」
モニタに映しだされた青く丸い標的を見て、彼らは言った。
「我々の惑星で害とされる〈青〉を持つ星。調査結果によると、大した文明も持たないしょぼくれた惑星だ。攻撃をしかけてくることもあるまい」
「なら安心だ。じゃあ、はじめるか」
彼らは手元のボタンを押した。すると、宇宙船の機体から筒状の突起物が現れ、そこから地球に向けて四方八方へと広がる光線が放たれた。
「ふふふ、これでヤツらが〈青〉を仰ぐことは二度とあるまい」彼らは笑った。
「そろそろいいだろう。地球とやらに突入しようじゃないか」
目にもとまらぬ速度で移動する宇宙船。外気圏から一瞬にして地球の海上へと移動してみせた。
再びボタンを押す。
宇宙船の機体からはまた別の突起物が現れ、先端から黒い液体のようなものを放出しはじめた。
「いい感じに染まっているじゃないか」
「あぁ。実にたやすいよ」
「しかし、よくもこんな吐き気を催す〈青〉に包まれて生きていられるものだ」
「ヤツらにとっちゃ好ましい色なんだろう。だが、もはやヤツらが見上げる先に青空はなく、癒しをもたらすブルーの海もない」
「痛快だねぇ。さてと、あとは――」
「事前の調査では、地球のいたるところに〈青〉は存在している。こまごまとね」
「殲滅するにはそれなりに時間が?」
「なぁに。片っ端から破壊していけば、そう時間はかからんさ」
彼らは操縦席の脇にあるレバーをひいた。すると、宇宙船の周囲が薄い膜のようなもので包まれた。モニタには標的を示す無数のプロットが点滅している。
「いきますか」
かけ声とともに宇宙船が動き出す。あまりの速さにまるで瞬間移動しているかのよう。次から次へと標的に宇宙船をぶつけ、豪快に破壊していった。
立ち並ぶ信号機。池やプール。魚たちが泳ぐ水族館。ネモフィラなどの麗しい花々。輝きを放つ宝石。彼らは目につく限りの〈青〉を根絶やしにしていった。青い服に身を包む人たちも、容赦なく殺された。
「あそこにもウジャウジャいやがるなぁ」
「一網打尽だろう」
「そうだな」
彼らは狙いを定め移動すると、ある建物のそばに機体を着陸させた。宇宙船から降り地上へ。建物の中へと侵入した。
そこは、学校だった。
校舎の中を我が物顔でねり歩き、教室を覗き込むと、銃のような武器をぶっ放し、生徒たちを撃ち殺していった。
――おさまった!? ほんとにおさまった?
長田は机に突っ伏したままの姿勢から、ゆっくりと顔をあげてみた。
突如として繰り広げられた、宇宙人とおぼしき連中の殺戮。男女かまわずあげる悲鳴に眠りを覚まされ、目をあけた瞬間、そこには地獄の光景が。刹那のうちに巻き起こった惨劇を経ていま、教室には誰もいなくなってしまった。
むごたらしい……おぞましい……だが、どこか清々しい。心の奥底で長田が望んでいた、惚れ惚れするようなシチュエーション。
――にしても、なんで俺だけが生き残ったのだ?
状況を確かめたくなり、窓際に駆け寄った。
――こりゃ爽快だ。世界から青が消えてらぁ。空も灰色になってるじゃねぇか。憎き青が排除された。青春から程遠い俺にとって、こんなにも愉快なことはない。この世界は俺のもの! 俺様だけのものだ!
魔王にでもなった気分で、占拠した教室を見渡す。
――あれ?
視界の先にはひとりの女子生徒。手にした漫画に夢中になっている。
楠木(くすのき)だ。
クラスの中でも一、二を争う美貌の持ち主。それでいて、下品な連中とつるむ気配がない。どこか近寄りがたい存在の楠木。
――楠木も生き残ったのか? なぜだ…………もしかすると楠木も、俺と同じ気持ちで学園生活を?
そのとき、彼女と目があった。
「ふたりだけになっちゃったね」
楠木が言う。
「長田も漫画、好き?」
この惨状を前にして、慌てる素振りすらみせない楠木。事態について触れる気配もなく、淡々と話しかけてくる。
――そういえば、女子と会話するなんて、何年振りだ?
「あ、まぁ、読むけど」
――かっこつけるな、俺! めちゃくちゃ漫画が好きじゃないか! 俺の生きがいと言っても過言ではない。そんな漫画の話をいま、楠木は俺にしてくれている。つれない返事をするなよ……楠木に嫌われてしまうじゃないか!
「そうなんだぁ。じゃあ、こんどおすすめの漫画教えてよ」
――楠木ぃー! すぐ教えてやる。いま教えてやるよ! なんだったら、一緒に下校して本屋へ行こう。イチオシの漫画を教えてやるから!
「あぁ、また機会があったらな」
――くぅーー。裏腹な俺の態度。素直になれよ! カッコつけるな、本音でぶつかれ! 俺のバカッ!!
「わかった。楽しみにしてるね」
軽く口角をあげ、かすかに声を弾ませる楠木。
ん?
なんだ?
胸が……
胸がどくどくするぞ?
なんだこれは?
この胸の高鳴りは?
もしかして?
青春?
――こんな俺にもついにきましたよ、青春ってやつが!!
舞い上がった長田は、浮かれた心情を悟られまいと、さりげなく前髪をかきあげてみせた。
と、その時だった。
何者かが教室を覗き込む気配。
目をやるとそこには、忌まわしき地球外生物。
「まだ、青い春を謳歌してるやつが残ってたのか」
そう言うと、宇宙人は情け容赦なく、長田にギラついた銃口を向けた。