閉じ込められた思い出

 これで連続誘拐事件にも終止符が打たれる。
 警察官たちは一斉に物陰から飛び出し、無機質な乗り物に子供を連れ込もうとする男を取り押さえた。
 男は自らを有名な博士だと主張した。そして、あろうことか未来からやってきたのだと付け加えた。時間が証明してくれる。将来、タイムマシンを発明し、後世に名を残すことになる偉大な博士なのだと。
 容疑者の切羽詰まった妄言だと決め込んでいたが、タイムマシンと言い張るこの乗り物。理解の範疇を超越した機器や室内の雰囲気、用いられているテクノロジーは、それが未来のものだと物語っていた。そして、男のオペレーションにより実際に体験したタイムスリップ。もはや彼が偉大な博士であることを信じるほかなかった。
 そんな彼がなぜ、タイムマシンを使ってこんな過去にまで遡(さかのぼ)り、子供たちを誘拐していったのだろうか。

 博士が次々と誘拐していったのは、彼自身の子供の頃の友達ばかりだった。
 彼に容疑がかけられた当初は、幼児への偏愛や性癖ではないかと皆が疑った。しかし、博士の口から述べられた犯行理由は、意外なものだった。
「思い出を閉じ込めたい衝動に駆られたもんでねぇ」
「思い出を?」
「誰にだって忘れたくない思い出の一つや二つくらい、あるでしょう?」
「それと誘拐にどんな関係が?」
「私の発明はタイムマシンだけじゃない。人間を脳内に閉じ込めておける技術も同時に発明したんだよ。むしろ、その二つを発明するためだけに、研究を重ねてきたと言っても過言ではないがね」
「では、誘拐した子供たちは――」
 博士は自身の頭を指差した。
「研究のための犠牲とでも言うのか!」
 語気を荒げる警察官を、博士は冷静に制した。
「そんなはずはない。あの子たちは、私にとって大切な友達。だからこそ、私には彼らが必要だったのですよ。思い出を閉じ込めておくためにね」

 博士の主張を確かめるため、警察官たちはタイムマシンの操作を聞き出し、子供たちが誘拐される以前の過去へと遡った。
 そこは誘拐された子供たちが通う小学校。小学生の頃の博士が通う学校でもある。
 ちょうど昼休みの時間帯。生徒たちは校庭で無邪気に遊び呆けている。なんとも朗らかな光景だ。
 子供たちを威圧してはいけないと、警察官たちは普段着に着替え、校庭を歩き回った。幼少期の博士を探すために。
 体育館の影が落ちる校庭の隅。警察官たちは、仲間たちからはぐれたようにポツンとひとり、体育座りする少年を見つけた。彼こそが未来の偉人、そして誘拐犯の博士だった。
 ボール遊びに興じたり、走り回ったりする生徒たちを、寂しそうに眺める少年。警察官たちは、それぞれに複雑な心情を抱いた。まだ幼い子供にとっては、重すぎるほどの孤独をそこに見たからだ。
 午後からの授業の合間に設けられた休み時間も放課後も、変わらず少年はひとりぼっちだった。
「彼にとっての大切な友達……博士は虚偽を?」
「その可能性は否定できない。友達から疎(うと)まれていた幼少期の恨みを晴らすため、犯行に及んだ可能性はある。だがしかし――」
 博士のもとに戻った警察官たちは、小学校で目にしたありのままを彼に伝えた。もし、博士に幼少期のトラウマがあるとすれば、取り乱したりするに違いない。
 しかし、予想を裏切るように、博士は落ち着き払っていた。
「そんなはずはない。彼らは私にとって、かけがえのない友達なんだよ」
 博士は諭すように呟いた。

 博士が言うには、誘拐された子供たちは、博士の脳内で生きているらしい。彼の発明がそれを可能にさせているそうだが、どれだけ説明されても理解などできるはずがなかった。
 彼が偉人の類でなければ、容疑者の身勝手な妄想で済ませていただろう。しかし彼は、現にタイムマシンをも発明した科学者。一般人の知識や常識など、通用するはずもない。
 誘拐された子供たちを取り戻すための手がかりになるかもしれないと、警察官たちは博士とともにタイムスリップを試みた。博士が元いた未来に向かうため。
 博士の研究室ならば、その脳内を映像として投影できるとのことだった。映像を確認し、子供たちの生存を確かめる。生存? そもそも博士の脳内で生きているという状態を、生存と捉えていいものか微妙なところではあったが。
 警察官たちにとっては近未来的な研究室。研究器具や実験用品はもちろんのこと、当たり前のように置かれてある日用品に至るまで、すべてが理解しがたいものばかり。これから訪れるであろう時代の変貌に驚きを隠せなかった。
「では、博士の脳内を投影してもらおう」
 特殊なヘッドセットを頭に装着した博士は、手にした小型デバイスの再生ボタンを押した。
 明かりが消された研究室の壁に、映像が浮かび上がる。そこには、先ほど見てきたばかりの小学校の校庭が映し出されていた。
 ドッヂボールする子供たち。鬼ごっこする子供たち。一輪車でスピードを競う子供たち。身を寄せ合って談笑する子供たち。
 各々の楽しみに耽る子供たちの輪の中、誰よりも楽しそうに笑う子供がいた。博士だ。
 彼は誘拐された子供たち――友達と仲良く遊び回っている。その姿は、影に飲み込まれそうなほどの孤独を背負った少年のそれではなかった。
 校庭の隅で真実を目の当たりにした警察官たちは、切ない物語を見ているような気分になり、胸が締めつけられた。
 博士はあまりも辛い過去を、こうして脳内で書き換えることで、健全な精神を保とうとしているのかもしれない。そして、それを閉じ込めておくことで、それは事実となり、永遠の思い出となる。
「と、まぁこんな感じです。理想の思い出ってやつですよ」
 まだ映像が終わっていないにも関わらず、博士は映像を停止しようとした。
「まだ、映像が続いてるじゃないか?」
「いくら見たって一緒でしょう」
「何か手がかりがあるかも知らん。もう少し見させてもらいたい」
「他人にとっては退屈な映像が続くだけですよ――」
 博士の一瞬の狼狽を、警察官は見逃さなかった。椅子から勢いよく立ち上がると、彼の手からデバイスを奪い取った。
「なにをする!」
 穏やかだった博士の様子が豹変する。
 それに呼応するかのように、映像の中の少年にも異変が。友達と楽しそうに遊んでいた輪の中からふらっと飛び出し、校舎の方へとひとり走って行った。
 階段を駆け上がり二階にあがると、教室のドアを乱暴に開けた。廊下側の席の前で立ち止まる。きっとそこが自席なのだろう。机の脇にぶら下げたランドセルをゴソゴソと漁る。そして、中から何かを取り出した。
 その手には、鋭い光を放つナイフが。少年は不敵な笑みを浮かべたあと、その手に凶器を握りしめたまま教室をあとにした。
 ふと立ち止まり、窓から校庭を眺める彼の目は、紛れもなくあのとき見た影の中のそれだった。
 一度だけナイフで空(くう)を突き刺すと、彼は納得した様子で校庭に向かい走り出した。

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