探し物

「モンヴァリエという町はここで?」
「そうじゃ。もしかしておまえさん、旅人か?」
「えぇ」
 青年は老人に向かってうなずいてみせた。
 その青年にはどこか違和感があった。旅人を自称するわりには、服装に乱れも汚れもない。過去にこの町を訪れた旅人は幾人もいたが、一様にくたびれた格好をしていた。それほど辺境の地にあるこの町。いったいどこを旅してきたというのか。
「探し物をしています」
「探し物?」
 妙に落ち着いた様子から、どこか近寄りがたい印象の青年は、老人の頭越しに町を一瞥した。
「わしはこの町で最年長の老いぼれだ。なにか協力できることがあるかもしれない。よかったら話を聞こうじゃないか。どうじゃ? わしの家でコーヒーでも」
「それはありがたい。ぜひ」
 夕陽に染まる町の風情を眺め、道行く人たちの会話を耳にしながら、青年は老人のあとをついていった。

 ワンフロアにキッチン、食卓、ベッドが置かれた質素な平屋。小ぶりな木製のテーブルの上にはコーヒーカップ。軽く礼をした青年は、カップから立ちのぼる湯気を見つめながら、それを手に取った。
「で、探し物とは、いったいなんじゃ?」
「それは言えないのです」
「はて? 言えないと? それじゃ、協力できんじゃないか」
「依頼者のプライバシーを守るためです」
「なんとも困ったもんだ……それにしてもおまえさん、どこからやってきたのかね?」
「あの世です」
 熱いコーヒーを勢いよく流し込んでしまい、思わずむせ返る老人。悪い冗談かと、その目を見張った。
「あの世からの旅人なんて聞いたことがない。もしかして、からかっておるのか?」
「いいえ、いたって真剣です。困っている依頼者を放っておくわけにはいかないので」
「何やら込み入った事情があるようじゃな。探し物を見つける旅は過酷なものかい?」
「えぇ。なにせ、あの世からの旅なので。場所はもちろんのこと、時間さえも見当がつかない。幸い森の中を這うようなことはありませんが、行く宛のない旅には違いありません」
「それにしても、探し物が何かを口外できないのはつらいのぅ。協力をあおぐこともできまい」
 思案に暮れているのか、黙り込む青年。すると、なにか思いついたようにカップを置き、老人に視線を向けた。
「そうだ。ラヴォルナ家というのはご存知で?」
「ラヴォルナ家? はて、わしがそのラヴォルナじゃが」
「おぉ、なんというめぐり合わせ!」
 無垢なまなざしで喜ぶ青年。おもむろに立ち上がると、家の中をうろつきはじめた。
「もしかして、わしの家に探し物が?」
「はい」
「たいそうなものなど、なにもないぞ。女房に先立たれて、今じゃひとり寂しく生きる老いぼれの身。そんな貴重なものがあるなら、わしが欲しいくらいだ」
 家主の声もどこ吹く風。無心になって家の中を探し回る青年。老人はその背中を目で追った。
「あっ」
 わずかばかりの食器が並べられた小さな食器棚。そこに目をやった青年が声をあげた。
「ありました」
「そんなところに、いったい何が?」
 食器棚からあるものをつまみあげた青年。後生大事に手のひらの上に乗せてみせた。
「それは……亡くなった女房の入れ歯。そんなものがおまえさんの探し物だったのかい? ってことは、依頼をしてきたヤツってのは――」
「はい。奥様です」
「なんと!」
 思わず鼻息を荒げる老人。急な展開に動揺し、指先が震えている。
「あの世は天国と形容される場所。悲しむこともなければ怒ることもない。争いもなく、死すらない。うまい酒に豪華な料理。毎日が至上の幸福に満ちています。ところが――」
「女房がなにか言ってるのかい?」
「贅沢な料理が目の前に並んでいるというのに、肝心の入れ歯をこちらに忘れてきてしまったので、食べられないと嘆いていらっしゃいます」
「なんということ……いかにもあいつらしい話じゃ」
 老人は妻のことを深く愛していたのだろう。彼女のことを思い浮かべた途端、まるで恋をする少年のように色づいた。途端に弾みはじめた声がそれを物語っていた。
「では、奥様のもとへ、こちらの品を持って帰ります」
「あいつは、元気でやっとるか?」
「えぇ」
「それはよかった」その目がかすかに潤む。
 家をあとにしようとした青年は、急にその足を止め、振り返った。
「奥様からもうひとつ、頼みごとをされているのを忘れてしまうところでした」
 そう言うと、青年はゆっくりと老人へと近づき、右手の人差し指をピンと伸ばした。そのまま指を老人の額に近づけ、優しく触れた。すると老人は、脱力したように椅子から崩れ落ちた。
 床に横たわる老体の上に手をかざすと、老人の胸から人魂が浮かび上がり、青年はそれを丁寧に掴み取った。
「入れ歯をはめて美味しい料理を食べられたとしても、大切な人が隣にいないとちっとも美味しくない――奥様がそう拗ねていらっしゃったので」

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