ニセモノを選んだ未来

 生まれてすぐに罹患した視力を蝕む病。長年の研究の末にようやく完成した薬により、王女ローザは、ついにその視力を取り戻すことに成功した。
 目を覆うガーゼを外すローザ。彼女の目には、セカイが映し出された。形があり、色があり、動き、跳ね、消えたり、現れたり。見るものすべてが奇跡に思われた。
 一切の言葉も発さぬまま、うっとりと周囲を眺めるローザ。ふと呟く。
「これで私の夢が叶うわ」
「どのような夢で?」隣に立つ執事が尋ねる。
「運命のあの人を、この目で見ること。そして彼と結婚するの。それが私の夢よ」
「さようでございますか。何やらロマンチックな願いですね。では、早速その準備に取りかかるとしましょう」

 城内の廊下には男たちの行列ができた。
 先頭の男がローザの前へと歩み出る。
「ローザ様! 私があなたの運命の男にございます」
 その言葉を聞いたローザは、無表情のまま指をパチンと鳴らした。すると、脇から数人の兵士が飛び出し、その男をとっ捕まえた。
「ローザさま! ローザさまぁぁ!」
 羽交い締めにされた男は、もがき叫ぶ。特に憐れむ様子もなく、執事は「ニセモノは地下の牢屋へ」と言い放つ。すると兵士たちは抵抗する男を強引に引きずりながら部屋から連れ出した。
「では、次の者、前へ!」
 悲惨な光景を目の当たりにした列の先頭の男は、青ざめた顔でローザの前へと歩み出た。
「ローザ様……」
 名を呼ばれた瞬間、指をパチンと鳴らすローザ。するとまた別の兵士たちが現れ、男を羽交い締めにし、部屋から連れ出した。
 それから何十人ものニセモノたちが、王女の名を呼び、鳴らされる指の音とともに、姿を消していった。
 そしてついにその時がやってきた。
「ローザ様、お久しぶりでございます。憎き病に打ち勝ち、視力を得ることに成功されましたこと、心よりお祝い申し上げます。これからはこの素敵なセカイを、余すことなくその目に焼きつけてくださいませ」
 その声は耳からローザの全身を駆け抜け、彼女の心臓を大きく震わせた。気づけばその目には涙が溢れていた。
 あの日、あの時、城下町で会ったその声に、どれほど生きる希望をもらえただろうか。望まずして背負うこととなった宿命に、命すら絶とうと思い悩んだローザ。彼女を救ったのは、男からの言葉――ギフトだった。忘れようとしても忘れられない。それほどローザの心に深く刻まれた声。どれだけ感謝したとしても、決して足ることなどないだろう。
 今、こうして命の恩人が目の前に立ち、ローザを見つめ微笑んでいる。
 しばらく男と視線をあわせていたローザは、その目をつむり、「ごめんなさい」と小さく呟くと、その指をパチンと鳴らした。
「ニセモノは地下の牢屋へ」執事が叫ぶ。
「ローザさま……どうして?」
 懇願する男の後ろ姿を眺めるローザの頬には涙が伝っていた。
「まさか……運命の人が、あれほど醜い顔をしているなんて……」
 その後も、王女の運命の人探しは続き、最も容姿の端麗な男が選ばれた。ローザも麗しき年頃の女。見た目の魅力には逆らえなかった。
「ようやく会えた運命の人」
 ローラはそう嘯(うそぶ)き、男の手を取った。

 それから数年は平和な時が流れたが、ある頃から妙な噂が城下町に流れた。
「王女はニセモノの男と結婚したらしいぞ」
「あんな美男が運命の人だなんて、出来すぎた話だと思ってたよ」
 そんな会話が飛び交うようになった。
 ローザと結ばれることになったアレックスは、よからぬ噂の広がりを忌み嫌った。そして、その権力をふりかざし、噂を語る者たちを殲滅していった。
 すると次は、アレックスの暴挙を噂する者たちが現れた。真相を暴く邪魔者の存在を消し去っているのではないか? またしても噂を語る者たちを葬り去っていくアレックス。王家を敵視する者たち、糾弾する者たち、その数は日増しに増え、やがて王家の評判はガタ落ちとなった。
 そして悲劇は起きた。
「アレックス……ごめんなさい」
「どうしたんだい? ローザ?」
「目が……」
「目?」
「見えないの……」
 薬の効力が切れてしまったのだろうか。王女ローザの視力は、再びその目から消失してしまった。

 アレックスは再び目の見えなくなったローザを献身的に支えていた。ローザはもちろんのこと、周囲の者たちも、健気なその姿勢に感謝していた。
 しかし、すべてはこの日のための計略。
 アレックスは視力を失ったローザへの興味を失っていた。せっかく手にした高貴な身分。他人に尽くす人生で終わらせたくない。そう考えたアレックスは、やがて裏切りを企図しはじめた。
 決行のとき。
 大勢の仲間たちを城内へと招き入れたアレックスは、金目の物を洗いざらい仲間たちへと託した。
 そして、城に火を放った。
 城内の異変に気づいたローザは激しくうろたえた。
「いったい、どうしたの!?」
「城に火が!」
「まさか!? そんなひどいことを誰が?」
「どうやらアレックス様、いや、裏切り者、ニセモノのアレックスです!」
 それを聞いたローザは激しい胸の痛みに襲われ、その場に崩れ落ちた。
 自らの選択で、取り返しのつかない事態を招いてしまった。素敵な男性と結ばれたい。そんな乙女心が生んだ過ち。悲劇を迎えるなんて夢にも思わなかった。
「おねがいがあるの!」
 ローザは執事を呼び止めた。
「お願い事でございますか? しかし、早く城から逃げないと、火の手が迫って参ります!」
「少しだけでいいから、あの人に会わせて欲しいの!」
 ローザの願いは叶えられることとなる。
「ローザ様、連れて参りました!」
 運命の人との二度目の対面。あの日、男が最後に見せた哀れな瞳を思い浮かべる。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 私は正しくあなたを選ぶべきだった。大切なあなたを裏切った。そして、長きに渡り苦痛を与え続けた。なんど謝っても許されるわけがない。でも、心から伝えたい。ごめんなさい。こんな私に生きる希望を与えてくれて、ありがとう」
 怒りの言葉でもいい。断絶の言葉でもいい。再びその声が欲しい。もう一度、壊れかけた私を救って欲しい。乞うようにその声を待つローザ。
「ローザ様、そろそろ参りましょう……火の手がすぐそこまで」
 聞こえてきたのは執事の声。
「彼は? 彼は私の前にいるんでしょう?」
 執事はローザの手を取り、部屋から連れ出した。そしてローザに告げた。
「お伝えするのが心苦しいのですが、あの者は、牢獄生活の中で病に侵されてしまい――聴力とその声を失ってしまったらしく……」

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