Y氏は今夜も、浮気相手の夏美とのメールに没頭している。
こないだ会った時の、あの服もとても可愛かったよ。あの日食べたスペイン料理は、美味しかったのに、意外と安かったね。別れ際がいつも寂しいんだよね。
Y氏は飽きもせず、毎晩毎晩、交際している彼女に隠れて、夏美とメールしたり電話したり、そして二人の時間が合う日には、お茶をしたり、食事に出かけたり、ほかにも。
彼女と二人でいる時でさえ、すきを見ては夏美にメールを送る。彼女がトイレに行っている隙にも、また、夏美にメール。今も、夏美にメール。さっきも、夏美にメール。そう、夏美にメール。
さすがに彼女も、常にスマートフォンを手放さないY氏の態度に腹を立て、Y氏が夏美へのメールを見ている間に、おもむろにスマートフォンをその手から奪い、画面を睨みつける。
「夏美ぃ?」
眉間にしわを寄せた彼女は、夏美という文字に反応し、Y氏に詰め寄る。強く、詰め寄る。誰よ?夏美って?もちろん、女でしょ?当たり前よね?あんた今まで、この夏美って子と、ずっとメールしたりしてたの?立派な浮気よ!
「今すぐ、この夏美って子の連絡先を消してっ!いいわね!」
Y氏は、観念し、夏美の連絡先を消した…フリをした。そう、よくある手口ではあるが、削除はせずに、夏美の登録名を男性の名前に変え、そのまま連絡帳に残したまま。そう、夏美という登録名は消えたが、違う性別の名前として、それは今も。そう、鉄二、として。
Y氏は今夜も、浮気相手の夏美とのメールに没頭している。ただし、送信先は、鉄二。そう、男友達である。交際している彼女は、Y氏のメールの受信の際などに、チラリとスマートフォンに目をやるが、そこに表示されている名前は、鉄二。Y氏も得意げに、
「おぉ、男友達の、鉄二からじゃん」
などと、つぶやく始末。彼女も何だか腑に落ちないにせよ、鉄二。おもむろに疑うわけにもいかない。
Y氏は、今夜、夏美に会う予定。昨晩のメールで、鉄二、いや、夏美にディナーの誘いをかけ、喜ぶ鉄二、いや、夏美。Y氏も久しぶりの夏美とのディナーにさすがに胸が高ぶっている。今日の夏美はどんなメイクをしてくるだろうか。今日の夏美は、どんな服装でやってくるだろうか。
待ち合わせの噴水前。Y氏が到着した時には、噴水前には、男性がひとり。他には誰も見あたらない。ネオンに照らされ、色とりどりに染まる噴水を背に、しばし待つY氏。夏美に早く会いたいせいか、普段はそう焦ったりしないY氏が、やたらとそわそわ。待ち合わせ時刻を過ぎても、夏美は来ない。何度も腕時計に目をやる。そわそわ、そわそわ。
結局、夏美は来なかった。
そして、その日以来、夏美を誘っても誘っても、結局夏美は待ち合わせ場所に現れず、なのに帰ってからメールを送ってみると、待ち合わせ場所にずっといたと、一点張り。そんなすれ違いが何度も何度も続く。
夏美、今日も待ち合わせに来てくれなかったな、もういい加減にしてくれよ。なにいってんのよ、ちゃんと時間通りに待ち合わせ場所にいたわよ。うそつけ!ほんとよ!だって、待ち合わせ場所の周りをくまなく見てまわったけど、お前の姿なんて、どこにもなかったぞ!うそよ!ほんとだよ、待ち合わせ場所には、俺と、もうひとり…男性がいたなぁ…。男性が…。男性が?
そうして今日、再び夏美との待ち合わせ。待ち合わせ時間はとっくに過ぎているが、いつも通り、夏美は、いない。そして、噴水の周りには、Y氏と、男性がひとり。男性が、ひとり。
Y氏は、もしかしてと思い、その男性にそろり近づき、声をかけてみることにした。
おそるおそる、声をかけるY氏、
「な、夏、い、いや。もしかして、て、鉄二さんですか?」
「そうです」
満面の笑みで、そうです、と答えたその男性。やっぱり、そうか。電話帳の登録名を鉄二に変えた時から、どういうわけか、夏美と鉄二が、その、入れ替わったというか、なんというか…。
その日以来、Y氏は夏美、いや、鉄二と頻繁に会うようになった。もちろん、メールや電話でのやり取りも絶え間なく続け、そして外で会う回数も、以前の夏美のそれよりも、さらに増えた。
今日もY氏は、鉄二とデート。待ち合わせ場所は、いつもの噴水前。待ち合わせ時刻の五分前に集合し、予定通り、ショッピングモールを抜けた先のレストランに。高級ディナーを二人で楽しむ。
たっぷりと時間をかけてディナーを楽しんだ二人は、人ごみにもまれながら、繁華街を駅へと向かう。手をつなぎながら、人の波にはぐれないようにして。
そして、左に曲がると有名な商業施設がある四つ角で、人の流れがそちらに向かう。これまでの人ごみが少し崩れ、見通しがよくなった先に、なんと、Y氏の彼女が立っていた。驚くY氏。
「どうして、君が?」
「わたし、知ってたんだからね!あなたが浮気してるの?」
涙を流しながら、Y氏の悪事を訴えかける彼女。
「え?いつから知ってたの?と、ところで、それは、て、て、鉄二とのこと?」
焦りながら、おそるおそる質問するY氏。
さらに激昂してこたえる彼女。
「相手の名前を鉄二って変えながら、浮気を続けてることよ!いつからあなた、男性のことが好きになったの?ねぇ?」
震える声で続ける、彼女。
「ねぇ、昔みたいに戻ろうよ…。二人が仲良かった頃に」
人の流れは、Y氏と鉄二と彼女の周りで、いったんゆっくりとしたスピードになり、チラチラと関心を示した後、何事もなかったかのように、商業施設へと向かう。
「お願い。昔に戻って…。だから…」
涙のにじむ声で哀願する彼女。それを涙目で聞き続けるY氏。
「だから、まずは…。電話帳の名前を鉄二から夏美に戻して、元通り、夏美とメールをしてた頃から、やりなおして…。まずは、そこから」